お経のことば  

       

   B 流転三界中恩愛不能断

  この言葉は得度式の際に称えられる言葉です。得度とは、佛弟子になる

 儀式で、出家得度と、在家得度があります。「度」とは「渡る」ということで、身と

 口と心を清めて清浄の身と心で、佛弟子となります。その式のはじめに髪の毛

 を剃り落とす儀式をしますけど、それに先だって称えられるのがこの偈文です。

  「流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者」

  ※ 《「断」は最初は「脱」だったようですけど、やがて「捨」に変わり

     道元禅師の頃には「断」というように強められてきたようです。》

 つまりこの娑婆世界を生きていくには、親の恩や肉親の愛情など、どうしても

絶つことのできない絆やしがらみがあります。 でもその絶ちがたい恩愛を棄てて、

「無為」に入るのが真実の「報恩者」だというのです。

「無為」とは一体何でしょう?いろは歌に「有為の奥山」と出てきます。その「有為」

の反対が「無為」なのです。有為とは「因縁によって生じた一切のもの」ということで、

「無為」とは「生滅・変化しないもの」ということです。

 先日私はある人の薦めで「ワイルドスワン」という本を読みました。この本は、

日本の明治の頃から毛沢東の時代まで、中国人女性「張戎」の実体験です。

「ラストエンペラー、溥儀」から国民党が政権を奪い、 やがて毛沢東の共産主義に

よって統一され、平和が来るかと思っていたら、その毛沢東の独裁政治によって民衆

は翻弄されます。特に到る所に監視の目を光らせる「恐怖政治」によって、言葉も

奪われ、うっかり本心も表現できなくなってしまいます。共産党の幹部だった著者の

両親も、あらぬ嫌疑をかけられ、失脚し、民衆の誹謗を受け、辱めを受けるようになり、

頑なだった父親は精神を病み、身体もぼろぼろになって54歳で他界します。そういう

中で生まれ育った著者「張戎」は親を思い、追いやられた山奥の土地へ両親を訪ねた

り、えもいわれぬ苦しみの体験を経て、やがてイギリスへ留学できることになります。

 今中国は変わりつつあるようですけど、人々の心の奥底には、毛沢東の陰謀に

よって始まった紅衛兵の仕打ちや文化大革命の名の元に行われた大切な文化遺産

の破壊など、今もその傷跡は深く残っているのです。

「永遠の真理」と言いますけど、このように私達人間の考えることは、周りの状況に

よってすぐ変わってしまいます。佛の教えはそのような変わりやすいものでなく、

「永遠の真理」なのです。その世界に入って修行することにより、永遠の安楽を得る、

ということが「得度」の意味なのです。           

             

      

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